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Cat of AZ

Non Stop Thinking

差別と自由について

最近、ネットで差別問題に触れられることが多くなってきた。考えさせられることも多いんだけれど、差別問題に対するネット上での反応がフワフワしていてよくわからないので、自分の考えを整理するためのエントリーを書く。

「どこからが差別なの?」という問い

ネットでよく目にするのは、「それは差別的な発言です」という問題提起が起こり、「差別のつもりはない」「じゃあ◯◯は差別じゃないの?」という流れ。疑問としては当然かと思う。

例えば、血液型占いに基いて「A型だから真面目なんですね^^」「B型って変わってますよねーw」と決めつけたりすることは差別ではないのか。あるいは、「◯◯県出身の人って腹黒ですよねww」のように出身地でパーソナリティを判断したり、「エンジニアだからデザインってできないですよね^^」といった職業によるものまで。これらは全て差別になりうるものだと思うんだけれど、じゃあ人種差別問題、男女差別問題と何が違うんだろう。同性愛とロリコンと熟女マニアは何が違うんだろう。

「同性愛サポートか~次はロリコンとか熟女マニアとかもサポートしなくちゃな。」 - Togetter

この「違い」について、あまり納得のいく解答を得られていない。みんな発言の撤回を求めたり批判したりするけど、何がよくないのか言及されていることが少ないと思う。

「酒と煙草は二十歳になってから。」に対して「未成年差別じゃないの?」と子供に聞かれた時に、なんと説明するんだろう。「法律で禁止されているから」は理由にならないし、自分が子供だったら納得しない。説明できないのなら、それを禁止することはできない。同様に、差別の悪とは何かを説明できないと、差別をやめさせることができないし、差別はなくならないと思うんですよね。

自分なりの答え

結論から言うと「自由を侵害すること」が差別になるのではないかと考えている。

例えば、働きたい女性が、女性であることを理由に働けないのなら、それは男女差別にあたる。同様に、特定の人種であることを理由に働けなかったり立ち入りを拒否されたりすれば、それは人種差別になる。

血液型占いで人を判断しても差別にあたらないのは、自由が確保されているからだと思う。「A型のお客様の入店をお断わります」というレストランはどこにもない。誰もA型の自由を侵害していない。A型は差別されていない。

今のところ、自分の中ではこの考えで落ち着いている。

「女性は家庭に入って専業主婦になるべきだ」という主張を持った男性がいたとする。男性の結婚相手が専業主婦になることを望んでいる場合、ここに差別はない。もし男性の結婚相手が働くことを望んでいて、男性が考えを曲げず認めなかった場合、男女差別がある。さらに、男性の考えが「全ての女性は専業主婦になるべきだ」であれば差別だし、「自分の妻には専業主婦になって欲しい」だったら差別にはならない。

結局のところ、どれも特徴でしかなくて、特徴で自由を制限することが差別なんだと思う。背が低いことも、人種も、男であることも女であることも、思想でさえも、特徴であり個性である。どの程度認めるのか、というのはとても難しい問題だけれども。

難しい問題

例えば「特定の病患者の運転免許は発行するべきか」は、差別の問題であると同時に自由の問題だと思う。もし仮に、統計的に特定の病患者の事故率が優位に高いという結果が出ていて、免許の発行を禁止しなかったとしたら、それを差別と呼ぶのかは難しいところだ。

思想や表現は自由であるべきだけれど、思想によって差別が起こりうることもあるだろうと思う。「自分の妻には専業主婦になって欲しい」という人が大半を占めれば、集団的思想が生まれて、女性が結婚しても働き続ける選択肢を取れなくなったりとか。その場合は自由VS自由みたいな構図になって解決が難しくなる。結果的にどちらかの自由が侵害されることになれば悲しいし、「自由を守るために自由を奪う」っていうのは誰も得をしない。

まとめ

差別問題は自由の問題に帰着する 。

…これって正しいんでしょうかね。詳しい人がいたら教えてください。

差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100)

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